詩歌

和歌・辞世を学ぶ

2024-09-01から1ヶ月間の記事一覧

津川喜代美

かねてより 親の教えへの ときは来て けふの門出ぞ 我はうれしき ----- 白虎隊士。当時総数288名で、一人辞世を残したという。 門出を元服か士官仕官かと思ったが、自刃だった。白虎隊は16~17歳だそうだ。 私なら残したとしても恨みがましく狂歌でしょう。 …

4425 防人に行くは誰が背と 防人の妻

防人に 行くは誰が背と 問ふ人を 見るが羨しさ 物思ひもせず ----- 斎藤茂吉は、結句「物思ひもせず」はいいが、都の人の手が入り、 方言が無く都風だとしたそうだ。 大伴家持はこういう歌を選んでくるところは情感溢れる面もあるのでしょう。 ----- 大和の…

送られつ 送りつ果ては 木曾の秋

おくられつ おくりつはては きそのあき 元禄元年(1688) 45歳 ----------- 木曾へ向かう際の名古屋の門人への留別吟という。 言葉の調子、リズムが心地よい。 ----------- 芭蕉会議

赤穂浪士 十二

極楽の 道は一筋 君と共に 阿弥陀を添えて 四十八人 あふ時は かたりつくすと おもへども 別れとなれば のこる言の葉 (大石主税) ----- 大石内蔵助の嫡男。事件後元服。一族で7人参加もある中で、 内蔵助としては父子2人でも恥ずかしい思いだったようだ。…

4292 心悲しも 大伴家持

うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲しも ひとりし思へば ----- 藤原氏の権勢の前に名門大伴氏の長としての苦悩があったというが、 そういう現実の世のことではなく、人間存在それ自体の悲しみだと解説は推測する。 なるほどその通りなのやもしれませ…

初秋や 海も青田の 一みどり

はつあきや うみもあおたの ひとみどり 元禄元年(1688) 45歳 ----------- 見事な景色に芭蕉は唸ったのでしょう。 確かに、緑の田と海が続いていれば、画家なら描いたでしょう。 その他の人は写真に残すのでしょう。 ----------- 初穐や海も青田の一みどり コ…

滝善三郎

きのふみし 夢は今更 引きかへて 神戸が宇良にに 名をやあけなむ いまははや 森の日陰と なりぬれと 朝日に匂ふ 屋まと魂 ----- 生麦事件の如く、横切られた神戸事件。岡山藩家老日置帯刀の小姓だったが、 死者がでなかったものの、切腹することになる。 嫡…

4290 春の愁い 大伴家持

春の野に 霞たなびき うら悲し この夕影に うぐひす鳴くも (4290) 我がやどの い笹群竹 吹く風の 音のかそけき この夕かも (4291) ----- 持が越中から奈良の都に戻ってからの歌。竹は夏の季語だった。 4290で何か理由があって「うら悲し」を使う訳ではなかっ…

無き人の 小袖も今や 土用干

なきひとの こそでもいまや どようぼし 元禄元年(1688) 45歳 ----------- 去来の妹が「無き人」となり、年に4回あるという土用干に 小袖も干すだろうと、美濃から去来宛に送った書簡だという。 ----------- 山梨県立大学 芭蕉DB

武田幾

引きつれて 帰らぬ旅に ゆく身にも やまと心の 道は迷はじ ----- 藤田東湖の四男小四郎による天狗党の乱を鎮撫する側だった武田耕雲斎が首領となってしまい敦賀で長男彦九郎と共に斬首。 彦九郎と東湖の妹・幾との間に3人の子があったが水戸で獄に入れられた…

4150 遥かなる舟歌 大伴家持

朝床に 聞けば遥けし 射水川 朝漕ぎしつつ 唱ふ舟人 ----- 今回は分かり易い歌でした。「遥けし」で戸惑いましたが、 「遥かに遠い」と分かる。季節は分からなかったが何となく春と感じたが、 季語が「朝床」で当たりだった。 ----- 楽しい万葉集

おもしろうて やがて悲しき 鵜舟かな

おもしろうて やがてかなしき うぶねかな 元禄元年(1688) 45歳 ----------- 鵜飼の映像を見る。はじめは「おぉー」となりましたが、 芭蕉が「やがて・・」としたのも分かりました。 ----------- 俳句の教科書

伴林光平

君が代は 巌とともに 動かねば くだけてかへれ 沖つ白波 ----- 学問の人、天誅組に参加し、軍参謀兼記録方だったという。 京都の獄中でも学問を講じ『南山踏雲録』書き上げたという。 ----- 地図に載らない文学館 ネットミュージアム兵庫文学館 p157

4143 堅香子の花 大伴家持

もののふの 八十娘子らが 汲み乱ふ 寺井の上の 堅香子の花 ----- 「もののふの」は武士ではなく「八十」の枕詞で、「八十」は数ではなく「たくさん」だった。カタクリの花の古語が「堅香子」だった。 早春の水のきらめきがすがすがしい歌だという。 ----- 大…

此のあたり 目に見ゆるものは 皆涼し

このあたり めにみゆるものは みなすずし 元禄元年(1688) 45歳 ----------- 『十八楼の記』の最後に添えた句だそうだ。 芭蕉は「は」を加えて字余りにした。その考察が面白い。 確かに、「は」があることで「せせこましく」なく「おおらか」となる。 作品に…

伊藤軍兵衛

日の本の 為と思うて 切る太刀は 何いとふべき 千代のためしに をしからぬ 命をすつる 武士は 神のめぐみの かちいくさせん ----- イギリスの仮公使館になっていたのが江戸高輪の東禅寺に前後2回の襲撃があり、 2回目の襲撃に備えて厳戒態勢だったが、警備に…

4139 李も桃も 大伴家持

春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子 (4139) 我が園の 李の花か 庭に散る はだれのいまだ 残りてあるかも (4140) ----- 越中で4度目の春を迎えたという。娘子は都から迎えた妻のようだ。 「春の園」と「我が園」、「桃」と「李」と対にして、 4…

蛸壺や はかなき夢を 夏の月

たこつぼや はかなきゆめを なつのつき 元禄元年(1688) 45歳 ----------- 明石は平家物語の舞台でもあったという。 「はかなき夢」を滅亡した平家にも重ねている解説が素晴らしい。 誰かが壺を沈め、引き上げたら何かをゲットできたのでしょう。 タコの確率…

喜遊

露をだに いとふ倭の 女郎花(をみなへし) ふるあめりかに 袖はぬらさじ ----- 文久2年に遊女喜遊が切腹する。父が医者だったが政治活動で医業を禁止され病となり、300両で身売りとなったという。 歌は坂下門外の変の大橋訥庵か門人の偽作と言われてもいる…

3772 君かと思ひて 狭野弟上娘子

帰りける 人来れりと 言ひしかば ほとほと死にき 君かと思ひて ----- 天平12年(740)初めに越前配流となった中臣宅守だったが、 6月に大赦があったが、同罪の人も許されたのに宅守は戻ってこず、 翌13年9月の大赦で帰京となったという。 が、3772は1回目の大…

かたつぶり 角ふりわけよ 須磨明石

かたつぶり つのふりわけよ すまあかし 元禄元年(1688) 45歳 ----------- 『源氏物語』の「須磨の巻」に「あかしの浦ははひわたるほどなれば」とあることから、カタツムリに無茶ぶりする句を思いつく。これは面白いですね。 「テンポのよい間然するものの無…

大原幽学

花散らば 散るうてなはつきて 落とし実の おほれ栄ゆる 時こそあるらん ----- 関東取締出役は文化2年に創設される。八州廻りで幕領私領問わず警察権を行使したという。背景に農村の貧富の差の拡大、都市への人口流入、博打侠客、治安の乱れだったという。大…

3728 あをによし奈良の大道は 中臣宅守

あをによし 奈良の大道は 行きよけど この山道は 行き悪しかりけり ----- リンク先解説を一読したが、大量の歌のやり取りを行っていた。 使者か下人が動いていたようだ。 前回の3724は見事な激しい歌だったが、中臣宅守は素直な気持ちの歌だった。 ----- 中…

草臥れて 宿借る比や 藤の花

くたびれて やどかるころや ふじのはな 元禄元年(1688) 45歳 ----------- 当初は「ほととぎす宿かる頃や藤の花」だったという。 「ほととぎす」の初夏と「藤の花」の春で混乱するが、「ほととぎす」が優先し夏になるという。 ChatGPTに優先の理由を聞くと、…

赤穂浪士 十一

終にその 待つにぞ露の 玉の緒の けふ絶えて行く 死出の山道 (間十次郎) ----- 父と弟と三人で参加する。残された者はたまりません。 弟は置いておくべきでしょうが、言うこときかなかったのでしょう。 吉良上野介の第一発見者として、泉岳寺では一番に焼…

3724 燃えよ天の火もがも 狭野弟上娘子

君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも ----- 恋人が越前へ流罪になったという。 道を畳み上げて焼いてしまいたいという万葉集屈指の激しい恋の歌という。 ----- manapedia 走るメロス

若葉して 御目の雫 拭はばや

わかばして おんめのしづく ぬぐはばや 元禄元年(1688) 45歳 ----------- 唐招提寺の鑑真像を前にし詠んだという。 「俳句の教科書」を一読し、染み入る勉強となりました。 偉人への畏敬の句を遺す。感服ですね。 ----------- 俳句の教科書

安藤広重

東路に 筆を残して 旅の空 西の御国の 名どころにみむ 死んでゆく 地獄の沙汰は ともかくも あとの始末は 金次第なれ ----- かっこいい辞世と現金な辞世。 ここまで大物になると、かっこつける辞世で飾るだけでは物足りないのやもしれません。 ----- 歌川広…

3578 鳥の羽 遣新羅使人の妻

武庫の浦の 入り江の洲鳥 羽ぐくもる 君を離れて 恋に死ぬべし (3578 遣新羅使人の妻) 大船に 妹乗るものに あらませば 羽ぐくみ持ちて 行かましものを (3579 遣新羅使人) ----- 天平8年(736)6月に難波を出発。翌3月に帰京予定だったという。 遣新羅使で大使…

灌物の日に 生まれ逢ふ 鹿の子かな

ぐわんぶつのひに うまれあふ かのこかな 元禄元年(1688) 45歳 ----------- 4月8日はお釈迦様が誕生された日だという。 奈良で鹿の子が同じ日に生まれたことに芭蕉は、仏縁深い鹿の子と思ったようだ。 確かに、そう思うでしょう。 ↓リンク先では4月8日に、こ…

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